住 所   大分県玖珠郡九重町田野1427-1
  電 話   0973-79-2131
 営業時間   立寄り 7:30~23:00
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   旅館 新清館
  泉 質   ナトリウム・マグネシウム・カルシウム-炭酸水素
  塩・硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   48.8  ℃
 pH   6.6
 成分総計   3.559 g/㎏
    Li=0.6/Na=290.0/K=69.1/Ca=192.0/Mg=120.0/
  NH4=0.8(672.5㎎/㎏)
  Br=0.2/Cl=242.0/SO4=420.0/HCO3=1249.0/CO3=0.4/
  H2PO4=0.5(1912.1㎎/㎏)
  HAsO2=0.4/H2SiO3=12.9/HBO2=211.1(224.4㎎/㎏)
  CO2=750.0(750.0㎎/㎏)
           〔1997.03.11〕
 入浴履歴   初訪11.04.29
 評 価   ★★★★(暫定)
 筌の口温泉
旅 館 新 清 館
                    うけのくちおんせん りょかん しんせいかん
脱衣小屋のすぐ先には、
左奥の一部が屋根掛けの
寝湯となった広大な露天
風呂が設けられており、
最奥のパイプ湯口から自
家源泉がドバドバと掛け
流され、その左横の細い
パイプからは冷水がチョ
ロチョロと加えられてい
ます。
江戸時代前期の正保年間(1644~1648)に村民によって発見され、1728
(享保13)年に田野庄屋徳右衛門が屋敷と湯小屋を建てたのを嚆矢とす
る温泉地で、明治時代の中頃から旅館が建ち始めたとのことです。
また、川端康成が、『千羽鶴』(1949~1951)の続編として執筆した未
完の小説『波千鳥』の構想を練った地としても知られ、2004年4月に
閉館となった御宿小野屋には、1953年に川端が大分を再訪した折に逗
留した部屋が残されていました。

現在は、旅館1軒と共同浴場2か所、素泊まりも可能な日帰り入浴施設
1か所からなり、九重町内に点在する龍門・水分・九酔渓・馬子草・
長者原・寒の地獄・湯坪・筋湯・壁湯・宝泉寺・川底の各温泉ととも
に、2007年10月に一般公募で命名された「九重“夢”温泉郷」の一つ
に数えられています。
筌の口温泉は、大分自動車道の九重I.Cから国道210号線と県道飯田高原中村線(40号)を経由して南南東方向
へ22㎞余り、地形が川漁に用いる筌に似ていることからその名が付された鳴子川河畔の閑静な温泉地です。

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文字通り自然の中に設えられた露天風呂は、新緑鮮やかな木々に囲まれて開放感抜群。
春の陽射しに照らされて輝く黄金色の湯を、2組のカップルで思う存分満喫させていただきました。
                                           〔12.06.15〕
湯船にたっぷりと満たされた透明度20㎝ほどの黄土色の濁り
湯からは、共同浴場よりは少し弱い金気臭味と炭酸味が感じ
られ、加えてわずかながら油臭も感知できました。
ロビーの横から屋外に出ると、目の
前は落葉樹や笹が生い茂る雑木林。
森の中を抜ける小路は途中で二手に
分かれ、案内表示の矢印は、かえで
の湯は左、こぶしの湯は右を指して
います。

案内にしたがって右手に進むと、瓦
葺き切妻造りの小さな木造小屋があ
り、妻側の格子戸から中に入ると、
右側には2段の棚と12個の籐の丸籠
が備えられていました。
浴場は、男女別の内湯のほか、混浴露天の“こぶしの湯”と女性専用
露天の“かえでの湯”があり、立寄りではこの宿の名物である2つの
露天風呂を利用することができます。

訪れた時は、先客である1組のカップルが間もなく混浴露天から出て
こられるとのことで、女将さんに勧められるまま、廊下を左へ進んだ
先に設けられた囲炉裏のある素敵なロビーでしばらく待たせていただ
きました。
『旅館 新清館』は、日田バスの筌の口停留所の先で県道を外れ、鳴子
川の谷底に向かって南東方向へ約400m、廃業した小野屋の奥に共同浴
場の筌の口温泉とともに建ち並んでいる1902(明治35)年創業の老舗旅館
です。

白壁と黒褐色の木材のコントラストが美しい瀟洒な木造一部3階建ての
本館とその左手前に建つ鉄筋3階建ての別館からなり、客室は全14室を
数えます。
本館内は、外観と同様に黒っぽいの木材を多用した落ち着いた造り。
ピカピカに磨き抜かれた板張りの廊下を挟んだ正面にフロントがあり、
女将さんに立寄り入浴をお願いします。