住 所   熊本県山鹿市山鹿957-3
  電 話   0968-43-6659
 営業時間   6:00~11:00 / 14:00~21:30 (休=金)
 入浴料   150円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   
  泉 質   単純温泉(アルカリ性)
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   40.7  ℃
 pH   
 成分総計        g/㎏
    
  
  
  
  
  
 入浴履歴   初訪15.05.04
 評 価   ★★★★★★★
 山鹿温泉
桜 町 温 泉
                         やまがおんせん さくらまちおんせん
『桜町温泉』は、国道325号の桜町
交差点から230mほど北へ向かい、
信号交差点を左折して40m余り西進
すると右手に所在する、温泉街東外
れの住宅地にひっそりと佇む1962年
に創設された民営の共同浴場です。

道路より低くなった敷地の奥に建つ
浴舎は木造の切妻造り平屋建てで、
小さな湯気抜きを載せた朱色の瓦屋
根が目を引き、薄汚れた淡黄色の外
壁が歴史を感じさせます。
山鹿温泉は、福岡県八女市と接した熊本県の北西部に位置する山鹿市街の中心に10数軒の旅館・ホテルや公
衆浴場・家族湯などが点在する、かつては“山鹿温泉たらいなし”と謳われた湯量豊富な温泉地です。

1183(寿永2)年の秋、保元の乱で敗れて京から下向し、肥後の武将菊池氏に仕えていた源親治(宇野七郎)が、
山中で小鹿が群がり臥しているのを見て発見したという伝説が残されていますが、これに先立つ平安時代中
期の承平年間(931~938)に源順によって編纂された辞書『和名類聚抄』巻第九に記載されている「肥後國山
鹿郡温泉郷」を当温泉に比定する説もあります。
親治の死後、その子孫である隈部氏が湯主を担っていましたが、1473
(文明5)年3月に温泉が枯渇。金剛乗寺を中興した法印権大僧都宥明師
が、菊池氏21代当主 菊池重朝に願い出て建立した薬師堂で5か月間に
わたって不惜身命に祈祷を励行した結果、12月20日に再び湧き出しま
した。

江戸時代に入ると熊本と小倉を繋ぐ豊前街道の宿場町としても栄え、
1632(寛永9)年に加藤忠広の改易を受けて小倉から移封された肥後細
川藩初代藩主の細川忠利が山鹿の湯を大変気に入り、1640(寛永17)年
に休泊施設である“御茶屋”を新築し、藩主・重臣用の御前湯、家臣
用の御次湯、一般平民の平湯という3つの浴場を整備しました。
なお、竣工した年には、客分として招いた剣豪 宮本武蔵も招かれて
います。
以前からいつかは入湯したいと願っていた鄙び湯は期待以上で、午前の営業が終了するまでの約1時間半、地
元客の賑やかな会話をBGMに極上のぬる湯をたっぷりと堪能させていただきました。    〔16.06.13〕
浴室は丸タイル張りで、右壁に3、左壁の中央に2基のシャワ
ー付きカランが並び、左奥から中央にかけて3槽に分かれた
タイル張り湯船が鉤形に配されていました。
左奥の小浴槽は1.4m強×1.2m、その右の中浴槽は2.2×1.2
m、手前側が円い一番手前の浴槽は幅2.2m、奥行き2.7mほ
どの大きさで、パイプ湯口から小浴槽へ加えられている少加
温泉が順次掛け流されているほか、主浴槽にも源泉がドボド
ボと加えられており、湯加減は小浴槽が適温、中浴槽はぬる
め寄りの適温、主浴槽が不感温度より若干高い程度のぬるめ
となっていました。

無色透明の湯は、無臭で口に含むと甘さが感じられる程度で
すが、つるつるした肌触りがあり、肌当たりの柔らかいトロ
トロした浴感にとても好感しました。

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平側の左寄りに2つの扉が左右に
並び、右側が男湯の入口。
扉を入るとすぐ左に番台があり、
入浴料を手渡します。
半世紀を経過した浴場はレトロ感
に溢れ、天井扇が取り付けられた
板張りの脱衣所には、番台の奥に
一部蓋が外された木製ロッカーが
設置されているほか、右壁の前に
は大振りな竹籠3個を載せた4段の
木棚と15個のプラスチック籠が備
えられていました。