住 所   長野県下水内郡栄村堺屋敷17599
  電 話   025-767-2168
 営業時間   立寄り 11:00~15:00
 入浴料   600円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   屋敷温泉
  泉 質   含硫黄-ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物
  泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温        ℃
 pH   
 成分総計       g/㎏
 





 入浴履歴   初訪11.10.08
 評 価   ★★★★★★
 屋敷温泉
湯 元 秀 清 館
                        やしきおんせん ゆもと しゅうせいかん
一方、寝湯に張られた無色透明の
湯は、注入量が絞られているため
にぬるめで、香りは弱いものの、
湯の華が多く見られました。

事前の予想を遥かに上回る個性的
な良泉で、満足感いっぱいで浴場
を後にしました。
次回は、ぜひとも開放的な混浴露
天風呂に浸かりたいと思います。
          〔12.11.20〕
主浴槽には左手前に設えられた石組
みの湯口から源泉がドバドバと注が
れ、奥の短辺両側と右側長辺中央の
切石の下端に刳り込まれた長方形の
穴から排湯されていました。

湯船に満たされたメロンソーダのよ
うな美しい色合いの少し熱めの透明
湯は、つるり感はないものの、しっ
かりした焦げ硫黄臭と薄塩味が感じ
られ、湯の中では消しゴム滓のよう
な白い湯の華が少量見られました。
両湯船に供され
ているのは、女
将の父である関
谷馨さんが夢の
お告げによって
1965年9月14日
にボーリングで
掘り当てたとい
う新源泉の硫黄
泉。
浴室は簀子状の板張りで、高い木造りの天井には湯気が抜けるようにガ
ラス窓とルーバー窓が設けられています。また、正面は大きなガラス張
りとなっていて、中津川を挟んで秋山小学校のある対岸が一望できます。

右手前には3基のシャワーカランが並び、左手前に御影石の石板で縁取
られた2.8m強×2.15mほどのコンクリート造りの主浴槽、右奥に1.85
×0.8mほどの寝湯がそれぞれ配されていました。
浴場は、帳場から館内を奥へ進んで
突き当たりを右へ折れた先、建物に
向かって右奥に別棟で繋がったコン
クリート造りの内湯のほか、駐車場
から宿に上がる左手前に低い目隠し
で画された混浴の露天風呂が設けら
れており、今回は“展望風呂”と呼
ばれる男女別の内湯を利用させてい
ただきました。
川沿いに設けられた駐車場に車を
停め、すぐ横に付設された足湯を
横目に宿に向かいます。

石垣を積んで造成された河岸より
2段ほど高いところに建つ建物は、
外壁が茶色に仕上げられた木造の
2階建てで、客室は全11室を数え
ます。
館内に入り、廊下を少し右手に進
んだところに帳場があり、女将さ
んに立寄り入浴をお願いします。
“秋山郷”は、苗場山(2145m)と鳥甲山(2038m)に東西を挟まれた信越国境の山間、北流して信濃川に注ぐ
中津川によって刻まれた急峻な峡谷沿いに点在する12の集落の総称です。

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左右に並んだ曇りガラス戸の入口
のうち、男湯は自動販売機が置か
れた左側。

中へ入って左手に2段上がったと
ころが脱衣所で、左手前に6庫の
脱衣箱と籠2個、右奥に6庫の脱衣
箱と籠5個、正面左に2基の洗面ボ
ウルが備えられていました。
『湯元 秀清館』は、案内板にした
がって国道から右斜め前方に逸れて
南西方向へ700mほど下り、中津川
を渡って左岸沿いに下っていくと程
なくして左手に所在する、1921年に
創業した屋敷温泉の湯元である老舗
旅館です。

左側に隣接し、現在は休業中のかじ
か荘という民宿は、親戚筋が経営さ
れているとのことです。
屋敷温泉は、信濃秋山郷の入口である小赤沢集落から国道405号を1.6㎞ほど上った中津川の対岸、文治年間
(1185~1189)に源頼朝に敗れた平勝秀の残党が草津より逃れて住みついたという平家の落人伝説が残る屋敷
集落に湯けむりを上げる温泉で、“平家の隠し湯”、あるいは、村にはやり病が発生した折、弘法大師が封
じてしまったという言い伝えから“弘法の封じ湯”などと呼ばれてきました。
平家の落人伝説を残し、1828(文政11)年に初めてこの地を訪れた魚沼
郡塩沢の商人・随筆家の鈴木牧之(1770~1842)によって著された『秋
山紀行』『北越雪譜』で紹介され、その存在が世に知られるようにな
りました。
近代以前より越後・信濃両国にまたがり、その行政的な区分は、新潟
県中魚沼郡津南町と長野県下水内郡栄村という形で現在にも引き継が
れています。

最奥の切明集落までの車道が完成したのが1953年、冬期のバス運行が
可能となったのが1985年という、長らく自給自足の生活を余儀なくさ
れてきた山深い里で、1989年には、JTB開催のシンポジウムで選定
された“日本の秘境100選”の一つに選ばれています。