男女別の浴場は、帳場の先左手の小
階段を上がって廊下を奥へ向かった
突き当たりにあり、廊下も兼ねた休
憩処の左端が女湯、右端が男湯に分
かれています。

大きな白い暖簾が掛かった格子戸を
入ると、ゆったりした脱衣所には正
面に洗面ボウル3基のパウダーコー
ナーが設けられ、その左奥に最上段
を含めて20区画に仕切られた5段の
棚と19個の籠が備えられていました。
  住 所   奈良県吉野郡吉野町吉野山2620
  電 話   0746-32-5155
 営業時間   2014.08 温泉利用停止
 入浴料   1000円
温泉利用状況   完全放流式 (加温あり)
   
 源 泉 名   静の湯
  泉 質   ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉
 湧出量   180   ℓ/min
 泉 温   28.0  ℃
 pH   6.7
 成分総計   5.962 g/㎏
    Li=4.7/Sr=1.7/Na=1244.0/K=30.7/Ca=60.6/Mg=47.4/
  Fe2=0.5/Ba=0.2/Mn=0.1(1384.9㎎/㎏)
  F=0.2/Cl=502.9/SO4=36.4/HCO3=3001.0(3542.7㎎/㎏)
  H2SiO3=40.1/HBO2=63.3(103.4㎎/㎏)
  CO2=925.6(925.6㎎/㎏)
          
〔2004.11.12〕
 入浴履歴   初訪13.09.07
 評 価   ★★★★
 吉野山温泉
さ こ や
                             よしのやまおんせん さこや
この宿で供されているのは、2004年12月に掘削され、動力揚
湯されているという自家源泉の含食塩-重曹泉。
内湯では、槽内右奥側面の注入口から注がれ、手前右寄りの
底面にある吸込口から排湯する循環式の湯遣いが採られてお
り、湯船に満たされた無色透明の適温湯はほぼ無味無臭でし
たが、木樋状の湯口から加温泉が静かに掛け流されていた露
天風呂では、細粒の茶色い湯の華が少量舞う少し熱めの透明
湯から石鹸のような微臭と芒硝っぽい香り、微苦味が感じら
れ、肌がしっとりしました。

たらい風呂が利用できず、初訪時に驚かされた“やたがらす”
の樽酒サービスが休止中だったのは少し残念でしたが、湯船
に浸かる度にザバーと音を立てて湯が溢れる様は爽快で、板
塀で周りを画されているとはいえ、森の中に設えられたよう
な雰囲気ともども好感しました。
『さこや』は、国道169号の美吉野橋北詰交差点から県道桜井明日香
吉野線(15号)を上ること約4.8㎞、1348(正平3)年に高師直の兵火によ
って焼失し、康正年間(1455~1457)頃に再建されたという金峯山寺の
発心門であり、世界遺産の構成資産にもなっている国重要文化財「銅
(かね)の鳥居」を過ぎるとすぐ右手に所在する、1782(天明2)年の創
業以来、本居宣長・頼山陽・伊藤博文・東郷平八郎・高橋是清といっ
た錚々たる顔ぶれに親しまれてきた中千本の老舗旅館です。

1996年の暮れに家族旅行で一度宿泊したことがありますが、露天風呂
に浸かりながら樽酒をいただいたこと、吉野山名物の静鍋でお腹一杯
となって夕食後ダウンしてしまったことなど断片的な記憶しか残って
いないため、立寄り入浴で再訪することとしました。
さらに1336(建武3)年、鎌倉幕府の滅亡後に開始された建武の
新政が瓦解し、足利尊氏による北朝が成立すると、京都を脱出
した後醍醐天皇によって南朝(吉野朝廷)が開かれ、以後約60年
間にわたって2つの朝廷が対立する南北朝時代を迎えました。
一方、役小角が感得した金剛蔵王権現の姿を山桜の木で彫り出
したという伝えから、修験道の信者たちによって信仰の証とし
て献木された桜が植え続けられ、多くの文人に愛される日本随
一の桜の名所となりました。

1868(慶応4)年に明治新政府が発した太政官布告(神仏分離令)
を機に引き起こされた廃仏毀釈の影響を被り、往時の賑わいは
失われましたが、1924(大正13)年12月に国の名勝・史跡、1936
年2月に国立公園に指定され、さらに2004年7月7日には、「紀
伊山地の霊場と参詣道」を構成する3つの霊場の一つとして、
ユネスコの世界遺産に登録されました。
7世紀に山上ヶ岳で修行を重ねた役小角(役行者)によって金峯山寺
が開かれ、平安時代前期に弘法大師空海の孫弟子に当たる聖宝によ
って再興されると、山岳信仰と仏教を融合した修験道の聖地と見な
されるようになり、900(昌泰3)年の宇多法皇を始めとして皇族・貴
族の参詣が相次ぐなど隆盛を極め、江戸時代には一般庶民の金峯山
詣でが盛んとなり、大いに賑わいました。

また、古代から歴史の舞台としても度々登場し、671年に出家して
大津京を去った大海人皇子(後の天武天皇)が一時移り住み、壬申の
乱挙兵の決意を固めた地として知られるほか、1185(文治元)年の冬、
兄 頼朝の討伐を受けることとなった源義経が武蔵坊弁慶や愛妾の
静御前らとともに身を隠したことでも有名です。
吉野山は、奈良県のほぼ中央に位置する吉野郡吉野町を西流する吉野川の南岸から大峰山脈の青根ヶ峰へ至
る、北西から南東へ尾根が連なる山稜の総称です。

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なお、公式サイトに拠れば、温泉揚湯設備の故障により汲み上げができず、現在は温泉の利用が停止されて
いるとのこと。お出掛けの際には注意が必要です。                    〔14.10.16〕
浴場は左奥のガラス戸を入って簀子敷きの小部屋を抜けた右
側にあり、手前にある黒い石板タイル張りの内湯は天井の高
いゆったりした造りで、右側手前に温冷カランとシャワーカ
ラン各1基、左奥に4基のシャワーカランが並び、右奥には黒
御影石で縁取った3.05×2.7mほどのタイル張り湯船が配さ
れています。

一方、奥のガラス戸の外には“静の湯”と名付けられた露天
風呂が併設されており、手前には2.8m強×1.7mの長方形、
左奥にはたらいのような形の高野槙造りの湯船が設置されて
いました。
黒門から120mほど坂上の右手に所在する弘願寺という真言宗寺院の
手前の坂を上って駐車場に車を停め、東方へ目をやると、鳥居の右側
に建つ入母屋破風に扁額を掲げた重厚な瓦葺きの建物が見えます。
この宿は、吉野杉や檜など吉野の木材をふんだんに使用して建築され
た吉野造り3階建ての本館と離れとなった2階建ての別館“金剛”から
なり、客室数は全26室。

本館左横のスロープからガラス戸の玄関を入り、格天井のロビーの正
面にあるフロントで入浴をお願いすると、若女将と思われる女性が気
持ち良く応対して下さり、番頭さんのような男性が浴場まで案内して
下さいました。