住 所   鳥取県鳥取市吉岡温泉町762
  電 話   0857-57-0103
 営業時間   閉 館
 入浴料   500円
温泉利用状況   放流循環併用式
   
 源 泉 名   吉岡温泉新設集湯槽
  泉 質   単純温泉
 湧出量   300  ℓ/min
 泉 温   50.5 ℃
 pH   7.9
 成分総計   0.538 g/㎏
    Na=132.4/K=2.8/Ca=17.9/Mg=0.1(153.2㎎/㎏)
  F=3.9/Br=0.3/Cl=79.8/SO4=112.7/HCO3=110.0
  (306.7㎎/㎏)
  HAs02=0.1/H2Si03=69.0/HBO2=2.0(71.1㎎/㎏)
  CO2=7.0(7.0㎎/㎏)
     〔2009.12.17〕

 入浴履歴   初訪11.10.15
 評 価   ★★★★★★
 吉岡温泉
旅 館 福 寿 苑
                     よしおかおんせん りょかん ふくじゅえん
浴室は淡桃色の丸モザイクタイル張りで、右側にシャワー1、左にシャ
ワーカラン2・シャワー1基をそれぞれ備え、中央には御影石で縁取った
奥行き2.6m強、奥辺長2.45mほどの逆台形を呈した丸モザイクタイル
張りの湯船が奥壁に寄せて配されています。

湯船にたっぷりと満たされているのは、2か所の外湯と同じ共同源泉で
ある弱アルカリ性の単純温泉。
湯船の縁の濡れ具合が一部に限られていたため、詳しく観察
してみたところ、白い析出物によって顔貌が判然としなくな
った奥壁中央のライオンの湯口から熱めの源泉が静かに注が
れているほか、その両端の浴槽内からも湯が加えられ、同時
にライオン湯口の左下では吸込口も作動していたことから、
放流循環併用式という湯遣いが採られているようです。
そのためでしょうか、黒褐色の湯の華が多量に舞う透明湯か
らは、外湯で感知できた芒硝臭は感じられず、かろうじて藻
のような成分臭が香る程度となっていました。

館内の様子は温泉街と同様に活気に乏しく、お目当ての温泉
も一部の情報サイトで紹介されていたような掛け流しではあ
りませんでしたが、肌に滑らかな吉岡の湯を貸切でのんびり
と楽しませていただき、そこそこ満足できました。
             〔12.12.10,18.08.25 記事補訂〕
吉岡温泉は、国道29号の国体道路交差点から県道鳥取鹿野倉吉線(21号)を西進し、吉岡温泉入口の交差点で
左へ折れて県道矢矯松原線(191号)を1.2㎞ほど南に向かった先、日本一の広さを誇る湖山池南西岸の山峡に
湧く温泉地です。
ロビーから右へ向かって突き当たり
を左に折れ、狭く薄暗い廊下を進ん
だ奥に左右に分かれた男女別の大浴
場があり、左側の男湯を貸切利用さ
せていただきました。

カーペット敷きの脱衣所はまずまず
の広さで、左側には床に近い高さに
設えられた2段の棚に5個の籠が備え
られ、対する右奥には体育の飛び箱
のような革張りの腰掛けが設置され
ていました。
宝泉寺という寺に伝わる温泉由来記に拠れば、平安時代の962(応和
2)年、一人娘の病に嘆き悲しんでいた葺岡長者という者の夢枕に立
った薬師如来のお告げによって古柳の根元から発見されたという古
湯で、以来、この霊泉は“株湯”と呼ばれ、現在、その泉源には抽
象化されたモニュメントが設置されています。
戦国時代には、島津家久(1547~1587)が薩摩への帰国途中に立ち寄
って入湯し(『中書家久公御上京日記』)、鹿野藩の初代藩主となっ
た亀井武蔵守茲矩(1557~1612)が、“亀井殿湯”という専用の浴場
を設置したとのことです。
また、江戸時代には、鳥取藩主池田家の湯治場が置かれ、岩井温泉
・勝見温泉とともに「因幡三湯」と呼ばれていました。

1966年8月には鹿野温泉とともに国民保養温泉地となり、ホタルの
里としても知られています。

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『旅館 福寿苑』は、吉岡温泉の歓迎ゲートから温泉街を貫く緩やかな坂を上ることおよそ300m、“やすら
ぎ湯”という足湯の右手に所在する1963年創業の温泉旅館です。
少し年季を感じさせる建物は1975
年に建築された鉄筋コンクリート
造りの3階建てで、客室は和室15・
和洋室1の全16室を数えます。

透明ガラスの自動ドアから館内に
入ると、赤絨毯が敷かれたロビー
の右側にフロントがあり、居合わ
せた女将さんに立寄り入浴をお願
いします。