住 所   長野県下高井郡山ノ内町平穏
  電 話   
 営業時間   基本的に地元組合員と宿泊客のみ入浴可
     (休=3・11・18・27日の湯払い清掃時間)
 入浴料   無料
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   共益会4号ボーリング
  泉 質   ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉
 湧出量   100  ℓ/min
 泉 温   93.2 ℃
 pH   8.58
 成分総計   1.6928 g/㎏
    Na=448.6/K=49.4/Ca=65.3/Mg=0.3(563.5㎎/㎏)
  F=1.8/I=0.5/Br=0.9/Cl=607.0/SO4=245.6/HCO3=8.8/
  CO3=28.4/HS=1.3/HPO4=0.7(895.0㎎/㎏)
  HAs02=2.3/H2Si03=144.9/HBO2=87.0(234.2㎎/㎏)
  H2S=0.1(0.1㎎/㎏)        
     
〔2003.03.11〕
 入浴履歴   初訪08.07.26
 評 価   ★★★★★★
 湯田中温泉
大  湯
                            ゆだなかおんせん おおゆ
浴場の入口は左右の妻側に設けら
れ、男湯は向かって右側から入り
ます。

浴場は脱衣所と浴室が並列する一
体型で、中に入ると、そのまま右
壁沿いが脱衣箱が備えられた脱衣
所、そこから一段下がった左側が
板張りの浴室となっています。
磨りガラスの仕切り壁がある奥に
は、側面を石板、底を平石張りと
した4.2×1.2mほどの細長い長方
形の湯船が置かれ、中央の仕切り
によって、湯口のある向かって右
側が高温槽、左側が低温槽の2槽
に分かれていました。
長野電鉄の湯田中駅前から南東へ延びる2本の通りのうち、北側の筋を500mほど東進した左手、湯田中湯本
やよろづや・見崎屋といった老舗旅館に囲まれ、智由が養遐齢を発見したと伝えられる場所に所在している
のが、共同浴場の『大湯』です。
湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。

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利用されている源泉は、楓の湯と同じ共益会4号ボーリング。
泉温が90℃以上の高温泉のため、湯口には木樋が渡され、源泉はそこに
開けられた穴からトボトボと注がれています。

2つの浴槽は仕切りの下で繋がっているため、低温槽といえども湯温は
かなり熱め。わずかに塩味がする無色透明の湯からは、成分臭がほんの
り香り、湯の中では褐色半透明の湯の華を目にすることができました。
浴場の開設は、1886(明治19)年11月19日。
(社)日本温泉協会が発行する雑誌『温泉』第47巻10月号の「共同浴
場番付」では、西の道後温泉本館と並んで東の横綱に位置付けられ
ています。
現在の浴舎は2002年8月に新築された2代目で、コンクリート造りで
いささか風情に欠けるとはいえ、湯気抜きの屋根両端には鯱鉾が取
り付けられているなど、大湯の名に相応しい威風堂々とした風格が
感じられます。

なお、湯田中温泉の共同浴場は基本的に地元組合員専用で、宿泊客
は大湯と宿が所属する組合の浴場のみ入浴可能となっていますが、
大湯と一部の浴場は、毎月26日の“風呂の日”に無料開放(9:00~
15:00)されており、表に「外湯開放中」という赤紫色のペナントが
掛かっていれば、誰でも無料で入浴できます。
天智天皇の時代(668~672)、僧智由によって発見され、「養遐齢(よ
うかれい)」と名付けられた古湯で、智由はその際、温泉鎮護のため
に湧出地の東方に弥勒石仏を建立したそうです。
江戸時代には草津街道の宿場町として栄えるとともに、松代藩主真田
氏の本陣も置かれ、歴代藩主が湯治を行っていたとのことです。
また、晩年、この湯を愛した俳人の小林一茶は、『田中河原の記』に
「田のくろ、あるは石の蔭より、めでたき湯のふくふくと出て、ただ
いたずらに流れちりぬ」と記し、
   “雪散るや 湧き捨ててある 湯のけぶり”  という句を残
しています。

湯田中という温泉名は、田の中からこんこんと湧き出す湯というとこ
ろから命名されたようです。
湯田中温泉は、渋温泉と並んで温泉郷の代表格と言える温泉地で、夜間瀬川右岸の河岸段丘上に12軒の湯宿
と共同浴場9か所からなる温泉街が形成されています。

外観のみならず、内部も雰囲気を備えた風情豊かな浴場であり、無料で開放していただいていることに感謝
しながら、一時の湯浴みを楽しみました。                        〔10.09.12〕