住 所   長野県下高井郡山ノ内町平隠3077
  電 話   0269-33-2117
 営業時間   立寄り 14:00~17:00 (よろづや)
 入浴料   1000円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   湯田中温泉(よろづや1・2・3号泉)
  泉 質   ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉
 湧出量   253   ℓ/min
 泉 温   60.1  ℃
 pH   8.3
 成分総計   1.271  g/㎏
    Na=291.1/K=35.2/Ca=54.6/Mg=1.9/Al=0.5/Fe2=0.1
  (383.4㎎/㎏)
  F=1.3/I=0.4/Br=1.1/Cl=402.0/SO4=209.5/HCO3=33.0/
  CO3=9.0/NO3=0.8/HPO4=0.4(657.5㎎/㎏)
  HAsO2=1.4/H2SiO3=157.8/HBO2=61.9(221.1㎎/㎏)
  CO2=8.8(8.8㎎/㎏)   
         
〔2007.06.29〕
 入浴履歴   初訪12.05.25 泊
 評 価   ★★★★★★★
 湯田中温泉
よろずやアネックス 湯楽庵
                ゆだなかおんせん よろづやあねっくす ゆらくあん
滞在中、体調が
すぐれなかった
相方に対し、施
設のコンセプト
から必要以上の
サービスは求め
られないにもか
かわらず、スタ
ッフの対応と心
配りも素晴らし
く、この点でも
十分満足度の高
い訪問となりま
した。
  〔13.04.09〕
さらに玄関の外には、小布施町の雁田山から巨石を調達し、佐久間象山
が蟄居を命じられた松代藩家老 望月主水の下屋敷「聚遠楼(しゅえんろ
う)」の庭園をイメージして造られたという池泉庭園式の大露天風呂が
併設されています。
中央には、やは
り稲田石で縁取
った長径9.4m
弱、短径2.9m
強ほどの広々と
したオーバル形
のタイル張り湯
船が鎮座し、少
し熱めの清澄な
透明湯がたっぷ
りと掛け流され
ています。
佐久間象山書の扁額が掛かった入口のガラス扉から2段下がって続くこ
の宿自慢の浴室は、左側中央に平入りの堂々とした唐破風玄関を有し、
折上格天井の下に菱欄間が巡る風格ある造り。

床は茨城県笠間市の稲田白御影の石板で仕上げられ、ガラス扉の右横に
カラン5基、右壁の手前側にシャワーカラン7基が並び、左奥にはシャワ
ーカラン1基とその右横に温泉蒸し風呂が設けられていました。
脱衣所と浴室からなる湯殿は、安土
桃山時代の伽藍建築の粋を凝集した
総面積220㎡の木造切妻造り平屋建
てで、手前側の脱衣所には、各段に
2個ずつ籠を納めた3段の棚が3列分
と各段10個の籠を納めた3段の棚が3
基ずつ備えられ、柱や天井には多く
の千社札が張られ、欄間には見事な
雉の彫刻が施されているなど、雰囲
気は抜群です。
御影石の石板張りの浴室は、同時に20名が入浴できるという
だけあって2人ではもったいないほどの広さがあり、右手前
から右壁にかけて7基のシャワーカラン、その向かいの目隠
し壁に5対のカランが並び、目隠し壁の向こうには、周りを
木板で縁取った長径6.3m、短径3.4mほどのオーバル形のタ
イル張り湯船が配されています。

両側奥の側面に開けられた2つの穴からパスカル方式で排湯
されている無色透明の湯からは、わずかに成分臭が香り、か
ろうじて塩味が感じられました。
ガラス張りとなった正面には、広々とした2槽に分かれた曲線的なタイ
ル張り湯船が左に寄せて配され、また、右奥のガラス戸から出入りする
露天には、手前側の切妻屋根の下に陸上トラックの形をした長径2.6m
強の檜造りのジャグジー風呂、その奥にやはり一部屋根掛けされた岩風
呂が設けられていました。
浴室は薄緑色掛
かった石板張り
で、横長のゆっ
たりした造り。

右側に6基のシ
ャワーカランが
鉤形に並び、さ
らに左手前に6、
左壁に4基のシ
ャワーカランが
あり、その間に
温泉蒸し風呂が
併設されていま
す。
浴場は、夜9時半から10時の間で
男女交替となる本館1階の東雲風
呂と桃山風呂のほか、湯楽庵には
専用貸切風呂の黄鶴風呂があり、
通常50分1名1000円のこちらも無
料で利用させていただきました。

部屋で浴衣に着替え、連絡地下道
を通ってまず向かったのは、エレ
ベーターを下りて正面にある“東
雲(しののめ)風呂”です。
1975年に本館と道を挟んだ南側に建
てられ、1988・2002年に改築された
近代的な建物は、鉄筋鉄骨造りの地
下1階・地上8階建てで、客室数は全
40室。

利用させていただいたのは、窓から
本館や桃山風呂と同じく有形文化財
に登録されている松籟(しょうらい)
荘を眺望できる、8畳間の奥に内縁
が付いた738号室でした。
湯田中温泉は、渋温泉と並んで温泉郷の代表格と言える温泉地で、夜間瀬川右岸の河岸段丘上に12軒の湯宿
と共同浴場9か所からなる温泉街が形成されています。
湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。
天智天皇の時代(668~672)、僧智由によって発見され、“養遐齢
(ようかれい)”と名付けられた古湯で、温泉鎮護のため、智由は湧
出地の東方に弥勒石仏を建立したそうです。
江戸時代には草津街道の宿場町として栄えるとともに、松代藩主真
田氏の本陣も置かれ、歴代藩主が湯治を行っていたとのことです。
また、晩年、この湯を愛した俳人の小林一茶は、『田中河原の記』
に「田のくろ、あるは石の蔭より、めでたき湯のふくふくと出て、
ただいたずらに流れちりぬ」と記し、
   “雪散るや 湧き捨ててある 湯のけぶり”
という句を残しています。

湯田中という温泉名は、田の中からこんこんと湧き出す湯というと
ころから命名されたようです。

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朝靄の中、荘厳な唐破風
の玄関やその背後の松籟
荘を仰ぎ見ながら、見事
な五重の石塔や灯篭が配
された池のような湯船に
浸かっていると、“チン
ダル現象”も加わって、
幻想的なとても不思議な
気持ちに囚われました。

桃山風呂と庭園露天風呂
は、湯使い云々など関係
ない文句なしの存在感。
その目で実見するだけで
も価値のある一浴すべき
期待以上の浴場でした。
そして、就寝前と翌朝の朝食後に楽しませていただいたのが、1948年に
有限会社に改組し、初代社長となった小野博氏(1891~1975)が、修善寺
の新井旅館の天平風呂に倣い、設計を日劇や善光寺納骨堂を手掛けた沖
津清、建築を社寺建築に精通した地元の市川正主、建具を田村金之助、
彫刻を越後の相崎武吉の各氏に依頼し、1951年に起工、2年後の1953年9
月に完成したという桃山風呂と、和田作次郎氏に依頼し、1954年10月に
完成したという庭園露天風呂です。
続いて夕食前に利用させていただ
いたのが、1階ロビーの右奥に設
けられている“黄鶴(こうかく)風
呂”です。

貸切風呂らしく乳児ベッドを備え
た脱衣所は、十分過ぎるほどの広
さがあり、鉤形に設えられた33庫
の脱衣箱には19個の籠が納められ
ていました。
各湯船に供されているのは、
桃山風呂と庭園露天風呂の
完成後、湯量不足解消のた
めに星川橋の袂で掘削され
た自家源泉3本の混合泉。

井戸水を25%ほど加え、長
さ8m近い主浴槽とジャグ
ジー風呂・岩風呂では少し
熱め、副浴槽では適温に調
整された無色透明の湯は、
岩風呂で淡褐色の細粒の湯
の華が多く見られるものの
ほぼ無味無臭で、肌触りは
つるきしという感じでした。
脱衣所は奥行きのある造りで、右手
前にパーテーションで仕切られた3
人分のパウダーコーナー、右奥にも
洗面ボウル5基のパウダーコーナー
が設けられ、左壁と真ん中には4段
の棚に92個の籠がずらっと並んでい
ました。
よろづやといえば、2003年12月1
日に国の登録有形文化財に登録さ
れた本館の桃山風呂が名物として
知られていますが、立寄り入浴時
間帯は女性専用となっていること
から、湯楽庵に泊まるとこの浴場
にも入湯できるということで、じ
ゃらんを利用して宿泊することに
しました(平日利用 1泊2食9800円
+入湯税)。
よろづや 本館
よろづや 松籟荘
『よろづやアネックス 湯楽庵』は、日本温泉協会の共同浴場番付で東
の横綱に位置付けられた大湯の背後に建ち、1773(安永2)年の角間川の
氾濫で流出した34軒の居住先を斡旋し、大湯の余り湯の分湯を記録した
旅籠組合本郷組(現大湯組)12軒の連判証文『寛政元年十二月覚』(1789)
に残る「萬屋傳蔵」という署名から、遅くとも寛政年間(1789~1801)に
は創業されていたと推定されている当温泉を代表する老舗旅館のよろづ
やが、1959年に隣地の旅館を買収して開設し、2005年4月にB&B形式
にモデルチェンジした別館です。
よろづや 本館