1998年に改装された館内は、白壁
と磨き込まれた板張りの床が落ち
着いた雰囲気を醸し出しており、
休憩処を挟んだロビーの右奥に帳
場が設けられています。

男女別の浴場は玄関を入ったすぐ
左手にあり、手前側が女湯の“文
殊の湯”、その奥の階段の手前が
男湯の“弘須の湯”となっていま
す。
  住 所   群馬県利根郡みなかみ町湯宿温泉608
  電 話   0278-64-0606
 営業時間   立寄り 13:00~16:00
 入浴料   550円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   窪湯
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   59.1  ℃
 pH   8.0
 成分総計   1.31  g/㎏
    Na=227/K=4.6/Ca=156/Mg=0.50/Al=0.21/
  Fe2=<0.01/Mn=0.04(388㎎/㎏)
  F=4.1/Cl=120/SO4=693/HCO3=20.4(838㎎/㎏)
  H2Si03=60.6/HBO2=6.1(66.7㎎/㎏)
  CO2=14.1(14.1㎎/㎏)           〔1993.08.06〕
 入浴履歴   初訪09.11.22
 評 価   ★★★★
 湯宿温泉
ゆじゅく 金田屋
                         ゆじゅくおんせん ゆじゅく かねたや
奥の石槽から木樋でトボト
ボと注がれているのは、共
同源泉の窪湯源泉。

加水によって他の浴場で感
じた肌の表面がビリビリす
るような刺激的な浴感はあ
りませんが、その分、芒硝
臭が仄かに香り、石膏渋味
のする湯をゆったりと満喫
することができました。
『ゆじゅく 金田屋』は、関越交通バスの湯宿温泉待合所の正面、国道
に面して建つ老舗の温泉旅館です。

9室の客室を擁する木造モルタル2階建ての純和風建築は、外観的にはそ
れほど古さを感じませんが、創業は1868(明治元)年と古く、石畳の上に
架された渡り廊下など建物の木組みは、当時のものがそのまま活かされ
ているそうです。
また、1922(大正11)年10月23日に、若山牧水が『みなかみ紀行』の旅の
折に宿泊したことでも知られ、牧水の泊まったという土蔵の蔵座敷は、
現在、玄関を入った右側に“牧水の間”という談話室として残されてい
ます。
湯宿温泉は、JR上越線後閑駅から関越交通バス猿ヶ京行きで25分余り、
江戸時代に上州と越後を結ぶ三国街道の宿場として賑わい、現在は全長
500m足らずの旧街道沿いに6軒の宿と4か所の共同浴場が点在する小さ
な温泉地です。

湯本館に所蔵される『湯宿村温泉記録』に拠れば、開湯は平安時代前期
の852(仁寿2)年。
須川村の弘須大師が大乗妙典誦行満願を果たした夜に薬師如来が現われ、
籠もっていた“湯伝薬師”という岩穴より薬湯が湧出したと伝えられて
います。

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掛け流しの湯とともに、地産地消に拘り、40種類もの野菜を
使った菜根料理が大好評の人気宿。
次回はぜひ宿泊してみたいと感じました。   〔11.07.28〕
いずれの浴場とも、ロビーなどと同時期に改装され
た清新な造り。
暖簾の掛かった格子戸の先の脱衣所は、さほど広く
はありませんが、全体に木曾檜が用いられていて、
清潔感に溢れています。
左手には8個の籠を置いた3段の棚が設えられ、その
前には木製の腰掛けが設置されていました。

脱衣所から2段下がった位置にある浴室は、腰壁に
黒い石板を積み上げた上を白壁で仕上げた蔵座敷を
イメージしたもので、右手にシャワーカラン3基を
並べ、左には洋梨を半割して逆さにしたような曲線
的な石造りの湯船が配されています。
近世には、初代上田藩主で沼田城主でもあった真田信之が関が原の戦
いの疲れをこの湯で癒して以来、信吉・熊之助・信政と続く歴代城主
に愛湯され、特に5代信直は持病の痔が根治できたことに感謝して薬
師堂を建立し、薬師瑠璃光如来を祀ったそうです。

また、つげ義春が1968年『ガロ』に発表した短編漫画「ゲンセンカン
主人」の舞台としても知られ、国道17号から斜めに分かれて走る狭い
石畳の路地に沿って形成されている温泉街は、行き交う人も少なくひ
っそりとしており、つげが“すべてが沈滞している”と表現した雰囲
気を今なお留めています。
なお、1999年4月には、法師温泉・川古温泉とともに国民保養温泉地
に指定されています。