住 所   群馬県利根郡みなかみ町湯宿温泉
  電 話   
 営業時間   16:00~21:00
 入浴料   謝恩金(100円以上)
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   窪湯
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   59.1  ℃
 pH   8.0
 成分総計   1.31  g/㎏
    Na=227/K=4.6/Ca=156/Mg=0.50/Al=0.21/
  Fe2=<0.01/Mn=0.04(388㎎/㎏)
  F=4.1/Cl=120/SO4=693/HCO3=20.4(838㎎/㎏)
  H2Si03=60.6/HBO2=6.1(66.7㎎/㎏)
  CO2=14.1(14.1㎎/㎏)           〔1993.08.06〕
 入浴履歴   初訪13.09.14
 評 価   ★★★★
 湯宿温泉
竹 の 湯
                                ゆじゅくおんせん たけのゆ
左辺の奥に設えられた石樋状の湯口からドボドボと加えられ
ているのは、共同源泉である窪湯源泉。
まだ誰も利用していない
口開けの湯だったのでし
ょうか、湯船に湛えられ
た湯は激熱で、止むを得
ず右手前の水カランから
最低限の水を投入。
無色透明の清澄な湯は、
浴槽内では無味でわずか
に成分臭が香る程度です
が、湯口では芒硝臭がは
っきりと感じられ、肌が
きしきししました。
脱衣所からも透明ガラス戸を通して様子を窺うことができる浴室はタイ
ル張りで、壁面は胸から下が石板、その上が茶色の板材で仕上げられて
います。

左には温冷カラン1基と水カラン2基が並び、ルーバー窓と磨りガラスの
小窓が設けられている右側には、壁と同じ石材を用いた1.7m強×1.55
m弱ほどの方形湯船が配されていました。
『竹の湯』は、湯けむりの塔というモニュメントを目印に国道から旧街道へ入り、北へ90m余り向かうと右
手に所在する温泉街の最も南に位置する共同浴場です。
近世には、初代上田藩主で沼田城主でもあった真田信之が関が原の戦
いの疲れをこの湯で癒して以来、信吉・熊之助・信政と続く歴代城主
に愛湯され、特に5代信直は持病の痔が根治できたことに感謝して薬
師堂を建立し、薬師瑠璃光如来を祀ったそうです。

また、つげ義春が1968年『ガロ』に発表した短編漫画「ゲンセンカン
主人」の舞台としても知られ、国道17号から斜めに分かれて走る狭い
石畳の路地に沿って形成されている温泉街は、行き交う人も少なくひ
っそりとしており、つげが“すべてが沈滞している”と表現した雰囲
気を今なお留めています。
なお、1999年4月には、法師温泉・川古温泉とともに国民保養温泉地
に指定されています。
湯宿温泉は、JR上越線後閑駅から関越交通バス猿ヶ京行きで25分余り、
江戸時代に上州と越後を結ぶ三国街道の宿場として賑わい、現在は全長
500m足らずの旧街道沿いに6軒の宿と4か所の共同浴場が点在する小さ
な温泉地です。

開湯は平安時代前期の852(仁寿2)年。
須川村の弘須大師が大乗妙典誦行満願を果たした夜に薬師如来が現われ、
籠もっていた“湯伝薬師”という岩穴より薬湯が湧出したと伝えられて
います。

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あまりの熱さに長湯は叶いませんでしたが、意外なほどに湯上がり後はさっぱり。
4年越しで共同浴場4か所のコンプリートを果たすことができ、満足感いっぱいで浴場を後にしました。
                                            〔14.10.04〕
脱衣所は壁・床とも板張りで、右
手前にプラスチック籠4個を載せ
た10庫の脱衣箱が設えられ、その
前には竹製の腰掛けが備えられて
いました。
通常はオートロックで施錠されて
いますが、夕方4時以降、地元区
民によって解錠されている場合は
外来利用が許されており、外来入
浴者は、右壁に備え付けられた善
意の箱に謝恩金として100円以上
を納めるようになっています。
2009年11月に初めて当温泉を訪れた
際は、改装工事のために入浴ができ
ず、4か所の共同湯の中では唯一未
湯となっていたため、宿泊先の宿で
鍵をお借りして訪問することにしま
した。

瓦葺きの切妻屋根の上に越屋根の湯
気抜きを載せた浴舎は木造の平屋建
てで、左右両端に分かれた格子扉の
うち左側が男湯の入口となっていま
す。