住 所   大分県由布市湯布院町湯平351-7
  電 話   0977-86-2367 (湯平温泉観光案内所)
 営業時間   6:00~22:00(12~3月 21:30)
 入浴料   200円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   銀の湯温泉
  泉 質   単純温泉(アルカリ性)
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   51.8 ℃
 pH   8.8
 成分総計   0.588 g/㎏
    Li=0.2/Sr=0.1/Na=150.0/K=2.0/Ca=3.6(155.9㎎/㎏)
  F=1.4/Br=0.1/Cl=53.4/SO4=43.2/HCO3=237.0/
  CO3=19.2/OH=0.1(354.4㎎/㎏)
  H2SiO3=75.6/HBO2=2.9(78.5㎎/㎏)
  〔2015.07.03〕
 入浴履歴   初訪10.12.17
 評 価   ★★★★
 湯平温泉
銀 の 湯 温 泉
                       ゆのひらおんせん ぎんのゆおんせん
冬の朝の冷え込みで湯気蒸した浴室は、コンクリートの打ちっ放し。
手前左手に1、奥壁に3対のカランが設けられ、その間には、3辺を檜の
角材で縁取った2.45×1.9mほどのコンクリート湯船が、仕切り壁に寄
せて配されています。
浴舎内に入ると、正面に無人のカウ
ンター、右手前に下足箱があり、紫
色の暖簾が掛かったその奥が男湯の
入口となっていました。

浴場は脱衣所と浴室が壁とガラス戸
によって仕切られた分離型の造りで、
板張りの脱衣所には、左手に12庫の
脱衣箱と100円有料のコインロッカ
ー8庫が備えられています。
『銀の湯温泉』は、観光案内所の斜め向かい上手に所在する明治時代初期に創設された共同浴場で、かつて
は花合野川の中に立地し、湯の中に銀粉のような白い結晶物が見られたことから、この浴場名が付けられた
そうです。
湯平温泉は、JR久大本線の湯平駅から県道湯平温泉線(537号)を経由して西南西へ約3.6㎞、南流する花合
野川に沿って21軒の宿と共同浴場5か所、飲食店や土産店が建ち並ぶ、昔懐かしい古い温泉場の雰囲気を色濃
く留めた風情ある山間の温泉地で、1982年に公開された映画『男はつらいよ』の第30作「花も嵐も寅次郎」
の舞台としても知られています。

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同浴した常連客の中に大分市のオンブズマンがおられ、その方を中心に政治の話などをしながら、気持ちの
良い朝湯を存分に楽しむことができました。                       〔12.05.05〕
左奥隅の湯口からドボド
ボと掛け流されているの
は、共同浴場ではここだ
けで利用されている銀の
湯源泉。

適温の無色透明の湯から
は、重曹臭とわずかな苦
味が感じられ、アルカリ
性の単純温泉ということ
もあって、つるり感のあ
る柔らかい肌当たりが印
象に残りました。
2006年4月に改築されたという浴舎
は、瓦葺きの切妻屋根の上に湯気
抜きを載せた木造平屋建てで、石
畳に臨んだ建物前はポケットパー
クとして整備され、足湯や飲泉所
も併設されています。

入口である格子戸の両横には料金
箱が設置されており、利用者は入
浴料を納めて入場します。
1926年に撮影された大湯線湯平駅前にずらっと並ぶフォードのタクシー
の写真が物語るように、大正から昭和30年代までは別府に次ぐ九州第2
位の入浴客を誇る温泉地として大いに栄え、1930年11月には種田山頭火
がこの地を訪れ、『行乞記』で称賛するとともに句も残しています。
また、胃腸病に効能のある温泉としてフランスのヴィシー鉱泉と並んで
称され、昭和初期には飲用泉の西の横綱に位置付けられました。

なお、1959年5月には、由布院温泉とともに国民保養温泉地に指定され
ています。
白毛の老猿が湯に浸かっているのを木こりが見つけて発見したという言
い伝えが残り、室町時代の史料にその存在が記録されていることから、
鎌倉時代にはすでに開かれていたとされる温泉で、江戸時代以降、湯治
場として発展しました。

享保年間(1716~1735)に起こった山津波(土石流)の影響で疫病が発生
し、工藤三助が病魔退散を祈伏して2㎞にわたる石畳を修復したのを契
機として、江戸時代後期に温泉街の骨格が形成されました。現在でも温
泉街を貫く500mの石畳のうち、300mは当時のものだそうです。