住 所   新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢930
  電 話   025-784-2246
 営業時間   6:00~21:00 (休=火,祝は後日振替)
 入浴料   400円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   湯沢温泉「湯元」
  泉 質   単純硫黄泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   44.3  ℃
 pH   9.4
 成分総計   0.3299 g/㎏
    Na=93.5/K=0.4/Ca=6.1/NH4=2.2(102.2㎎/㎏)
  F=1.4/I=0.4/Br=0.2/Cl=88.3/SO4=56.0/HCO3=2.7/
  CO3=23.4/HS=1.9/S2O3=1.3/BO2=3.1(178.7㎎/㎏)
  H2SiO3=49.0(49.0㎎/㎏)        〔2013.11.21〕
 入浴履歴   初訪11.05.21
 評 価   ★★★★
 湯沢温泉
湯元共同浴場 山の湯
              ゆざわおんせん ゆもときょうどうよくじょう やまのゆ
浴場は左に設けられた休憩処を抜けた奥にあり、左右に並んだ暖簾掛けの入口のうち、男湯は左側となって
います。
ガラス格子戸の先の脱衣所は板張りで、右手に2基の洗面台、左に28庫の脱衣箱が設えられ、天井には大き
な天井扇が備えられていました。
早朝6時からの営業との情報を頼
りにその時間に合わせて訪問しま
したが、東日本大震災の影響によ
る節電対策等によって他の公衆浴
場とともに営業時間が変更され、
7時開始となっていました。

ガラス格子戸の入口を入ると右手
に券売機が設置されており、購入
した入浴券を正面の受付にいる管
理人さんに手渡します。
湯沢温泉は、群馬と新潟の県境から三国街道と呼ばれる国道17号を北上することおよそ27㎞、1935年に発表
され、2年後に刊行された川端康成の名作『雪国』の舞台となった温泉地で、秋田県の湯沢市と区別するた
め、頭に国名を冠して“越後湯沢温泉”と呼ばれることが一般的です。

右奥のガラス戸から入った浴室はタイル張りで、右側に4対
のカランが並び、左奥には紅御影石で縁取られた2.6×2.0m
ほどのタイル張り湯船が配されています。

左奥のパイプ湯口からドボドボと掛け流されているのは、高
橋翁が発見したとされる湯沢温泉発祥の湯元源泉。
消しゴム滓のような白色の湯の華が少量舞う無色透明の湯か
らは、茹で玉子臭味がほんのり感じられ、適温ながらよく温
まり、肌もつるつるしました。


循環濾過と塩素系薬剤による殺菌という湯使いが採られてい
るという湯沢の公衆浴場の中でも、ここだけは別格。
営業開始前から常連客が続々と集まり、朝一番から大賑わい
の人気ぶりにも納得の一湯でした。      〔12.07.25〕
『湯元共同浴場 山の湯』は、湯沢
駅前から県道湯沢温泉線(462号)を
経由して北西へ約1.5㎞、前述した
高半と同じ温泉街の北外れの湯元地
区に所在する公営の公衆浴場で、高
半に滞在して小説執筆に励んでいた
川端も入浴し、地元では“やまんぼ
ちゃ”と呼ばれているそうです。

県道から外れてS字状の急坂を上っ
ていくと、その途中左手に現われる
浴舎は木造の山小屋風。
平安時代末期、新発田の武士で湯沢きっての老舗旅館「雪国の宿 高
半」を開いた高橋半六がこの地で病となり、薬草を探して山に分け入
ったところ偶然に発見したとされる古湯で、江戸時代に参勤交代が始
まり、三国街道が整備されると、温泉のある宿場町として多くの旅人
や湯治客が訪れました。
1913(大正2)年に湯沢にスキーが紹介されると、2年後の湯沢スキー場
を皮切りに、岩原スキー場・中里スキー場が相次いで開設され、1931
年の上越線全線開通、その翌年の西山地区での温泉掘削を機に、本格
的にスキーが楽しめる温泉観光地として発展しました。

現在はJR越後湯沢駅を中心に60軒足らずの宿泊施設や6か所を数え
る公営の公衆浴場、民営の入浴施設によって温泉街が形成され、首都
圏の奥座敷として関東方面からの観光客を中心に賑わっています。

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